ゼロの愛人 第2話 |
「そんな手紙一枚で大丈夫なの?」 カレンは眉を寄せながら、目の前で楽しげに鍋を振っている人物に声をかけた。 細身の体に白のシャツと黒のスラックスを纏い、何故かピンクのエプロンを着け、簡易キッチンで遅い昼食の用意をしている人物、ルルーシュは振り返ることなく「何も問題はない」とだけ言った。 手際良く振られる鍋からは香ばしい匂いが漂ってきて、それに反応したのかカレンのお腹がぐうっ、と鳴った。 「なんだカレン、腹ペコなのか」 カレンと一緒におとなしく食卓テーブルに向かい、同じように料理をする男の背を眺めていたC.C.は、にやりと笑った。 「ちょっ、言わなくてもいいじゃない」 恥ずかしさからか頬を赤らめ小声で言うと、その様子も面白いという様に、C.C.は口元に笑みを浮かべた。 「おい、ルルーシュ急いでくれ。カレンの腹が悲鳴をあげている」 「C.C.!」 男の背中に向かってからかうような声を投げかけると、カレンはますます顔を赤らめ、その口を閉ざそうと手を伸ばした。それをひょいっと避けて、魔女はにやにやと笑う。 「お前たち、じゃれあう暇があるなら皿を出そうとは思わないのか?」 呆れたような声にハッとなり、カレンは立ち上がると三人分のグラスと水差し、そして皿を用意した。 「時間も材料も無いから今はこれで我慢してくれ」 皿の上に盛りつけられたのは、香ばしい匂いをさせた炒飯だった。 パラパラに解れるつやつやとしたお米のなかに、刻まれた野菜と黄色い卵がみえた。 そしてふわとろな卵スープが添えられる。 嗅覚と視覚を刺激したそれは、カレンとC.C.の胃を盛大に鳴らした。 「「・・・」」 「・・・すまないな、遅くなって」 恥ずかしさに赤面した女性二人に、聞いてはいけない物を聞いてしまったと思わず頬を染めそう声をかけると、二人は顔を俯かせたまま頂きますと小さな声で言った。 気まずいなと思い、とりあえず今後の話を進めてこの空気を払しょくしようと考えたルルーシュが口を開く前に、パクリと一口炒飯を食べたカレンとC.C.は「おいしい!」と満面の笑みを浮かべ、ぱくぱくと食事をし閉めた。 まるで数日食事をとっていなかったかのような勢いに、ルルーシュは軽く引た。忙しくて食事をとる暇もなかったのだろうか? 「そ、そうか、それはよかった。あまり急いで食べるなよ?ちゃんと噛めよ?」 「お前は何処の母親だ。・・・解った、睨むな。ちゃんと噛むから」 思わず反論しようとしたC.C.だが、ルルーシュの睨みと今後の食事を考え、すごすごと引き下がった。 別に食事を食いっぱぐれていたわけではない。 忙しかったたのは確かだが、ちゃんと腹は満たしていた。 栄養よりもカロリーに重点を置き、味よりも量という食事ではあったが。 こんな風に美味しい料理と言うのは、ものすごく久しぶりなのだ。 パクパクと箸を進める二人に、食べながらでいいから聞いてくれとルルーシュは口を開いた。 「・・・先ほどの手紙の話だが、あれで問題はないだろう。ゼロの記憶が戻っていればナナリーの名を出すはずはないし、そもそも可憐で愛らしい世の男の理想の体現たるナナリーだからこそ、俺は」 「解った、その下りはいい。ナナリーの話しを始めたらお前、10分や20分では終わらないだろう」 熱弁を振るおうとしたルルーシュを止めそう言うと、ルルーシュは眉を顰めC.C.を見た。 「当たり前だ。ナナリーの話題なら丸一日話した所で尽きる事はない」 胸を張って言う事かこのシスコンがと、内心思ったが二人は声には出さなかった。ルルーシュがカレンとC.C.にこうして手をかけるのはゼロの正体を知っているからだけではない。妹属性のカレン、見た目は年下だが手のかかる姉のようなC.C.に、行き場の無いシスコン魂が反応し、気づけばあれこれ世話をしてしまうのだ。 そんな心地のいい状況を壊すような発言を控えるのは当然だろう。 「ならば、その点は飛ばせ。お前がナナリー馬鹿なのは、私もカレンも十分すぎるほど知ってい・・・いや、ナナリーがいかに愛らしい娘かはよく知っているから、飛ばしても問題はないし、何ならそのあたりは私がカレンに説明しようじゃないか」 ナナリー馬鹿という単語にぎろりと睨みつけてきたルルーシュに、夜にはピザを焼かせようと企んでいるC.C.は、機嫌を取るためにもそう言いなおした。 いいだろうとルルーシュは頷きスープを口にした。 「元々ルルーシュとナナリーには頼れる親など無い。むしろその親が支配する国から身を隠さなければならない。更には足と目に障害があるナナリーを抱えている、という特殊な環境だった。だからその思考をロロにも適用させようというのが、そもそも間違いなんだよ。つまり・・・」 ・母親が暗殺され、父親に捨てられた(しかも人質)→両親は健在。家族仲も良好。 ・障害を抱え一人で動けない妹。→走り回ることもできる弟。 ・生存を悟られないよう息をひそめている。→そもそも隠れる必要はない。 ・テストは常に上位だが10位以内に入る事はない→常にトップを狙える。 (成績が良すぎて目立つのを防ぐため20位以内をキープ) などなど。 「という具合に、根本的な重要設定が全部消えてしまっているんだ」 いくらブラコンでも平和な一般家庭で生きたルルーシュが、弟をブリタニアから守り抜かなければ。とか、結婚なんてさせるか、一生俺が守る。なんて思考にはならない。 ナナリーへの異様なほどのシスコンぶりは、あの特殊環境だからこそ育まれたものだ。 「だから、弟への異常な執着・・・じゃなく、つい過保護にしてしまう事に気づいているルルーシュは、自分の性癖・・・いや、愛情深さが弟に悪影響だと気づき、弟と距離を置く選択をするのは何もおかしくはないし、こいつの思考はゼロそのものだから、主義者なことも、黒の騎士団の活動内容に興味を持つ事もおかしくはないだろう?」 ちょいちょいルルーシュが睨んでくるため、C.C.は若干訂正しながら説明した。 「うーん・・・良く解らないけど、早い話がロロじゃ役不足ってことね?」 「そう言う事だ。せめて両親を早くに亡くし親戚中にたらい回しにされた結果ロロは精神的に病んでしまい、兄として弟を守らなければ。二人きりで生きていかなければ。という設定ならまだしも、家族仲はよく弟は健康そのものだからな・・・ところでルルーシュ」 「なんだ?」 「おかわりだ」 「あ、わたしも」 そう言って、二人は空になった皿をルルーシュに示した。 |